大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)513号 判決

控訴人

加藤秀光

右訴訟代理人弁護士

仲田隆明

滝井繁男

木ノ宮圭造

重吉理美

被控訴人

智正実業株式会社

右代表者代表取締役

越智学

右訴訟代理人弁護士

藤村睦美

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

左のとおり訂正、付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(原判決の訂正、付加)

(一)  原判決六枚目表末尾から二行目の「右越智」の前に、「松山から直接」と付加する。

(二)  同一一枚目裏末行の「三五〇万円」を、「三五〇〇万円」と改める。

(三)  同別紙不動産の表示(一)、(二)中の各「住吉町」を各「住吉一丁目(旧表示 住吉町)」と改め、不動産の表示(二)の二ないし一〇の各初行の各「同番地」を各「八八番地」と改め、不動産の表示(二)の八の初行の「一」を削除する。

(控訴人の主張)

(一)  仮処分命令が異議訴訟において取り消され、本案訴訟において仮処分申請人敗訴の判決が確定したときであっても、仮処分申請人においてその挙に出たことについて相当な事由があった場合には、右取消し又は敗訴判決確定の事実のみによって仮処分申請人の過失が当然に推認されるということにはならない。

本件仮処分異議訴訟及び本案訴訟において控訴人が敗訴した理由は、本件不動産の時価が合計九六八四万三〇〇〇円であるのに対し、本件不動産について優先弁済権を有していた債権額がこれを上回っていた(九九五〇万円以上、一億〇九九〇万円以上あるいは一億一四七七万円余)から、本件不動産は一般債権者の共同担保には属していなかったものであり、それ故に、松山と被控訴人との間の本件不動産の売買契約は詐害行為とはならないというものである。

しかしながら、当審における鑑定人河野徳行の鑑定の結果(以下「河野鑑定」という。)によれば、右売買契約締結当時の本件不動産の時価は合計一億三二八一万一〇〇〇円であった(なお、控訴人において依頼した不動産鑑定士福田忠博の鑑定評価(乙第六号証)(以下「福田鑑定」という。)によると、本件不動産の時価は一億四九〇〇万円であった。)から、右各訴訟において認定された優先債権額のうち最高額の一億一四七七万円余を採ったとしても一八〇〇万円をこえる剰余が存し、右部分は一般債権の引き当てとなるものであったから、控訴人のなした本件仮処分申請及び本案訴訟の提起に違法性はなかった。

仮に、本件不動産の時価が右優先債権額を下回っていたとしても、その差額は小さく、本件不動産が一般債権者の共同担保になると考える余地は十分存した。そして、右売買契約締結当時、松山が客観的に破産状態であり、控訴人ほか多数の一般債権者がいたことは明らかである。

被控訴人は右事実を知りながら本件不動産について自己又は自己の代表者に対する所有権移転登記手続を急いだものであって、これを否定する被控訴人の主張は、市中の金融業者である被控訴人の立場、貸付状況、右所有権移転登記手続の経緯・時期に照らしてとうてい信用できない。

なお、仮処分の実効性を確保するために、隠密性、緊急性の要請を無視できなかったから、控訴人において、優先権を有する債権額をその債権者らに照会したり、本件不動産の時価について専門家の意見を聴くことなく、本件仮処分の申請に及んだことについて、過失はなかった。

以上の各事実と原判決事実摘示記載の各事実によれば、控訴人の本件仮処分申請及び本案訴訟の提起は、そもそも違法性がなかったし、そうでないとしても控訴人には過失がなく、いずれにせよ不法行為を構成しない。

仮に、右主張が認められないとしても、被控訴人に重大な過失があったから、過失相殺がなされるべきである。

(二)  原判決の認定した損害額は不当である。

すなわち、原判決別紙不動産の表示(二)の一の建物は、前所有者の松山が占有していたものであって、賃貸用の物件ではなかったもので、これについて本件仮処分登記の抹消登記がなされた九か月後に成立した賃貸借契約の賃料を基準とした損害額の認定は不当であり、また、同二、三、五及び八の各建物については、右抹消登記がなされた後もしばらくは借り手がなく、入居者が決定したのはかなりの期間が経過してからであるから、本件仮処分登記がなされていた間も賃借人があり得たかどうか極めて疑問であり、その間の損害を安易に認定したのは不当である。

(被控訴人の主張)

(一)  控訴人の主張(一)の事実は争う。

本件仮処分についての異議訴訟及び本案訴訟については、いずれも被控訴人勝訴の判決が確定しており、これを論難することは理由がない。

本件不動産には、原判決認定のとおり、その価額を上回る多額の担保が設定されていた。そして、本件仮処分申請当時、本件不動産の価額及びその被担保債権額について調査することは容易であり、右調査をしておれば右事実が判明して松山と被控訴人との売買契約が詐害行為に該当しないことが明らかになったはずである。しかるに、控訴人は、松山の説明のみを軽信して、右調査をすることなく、本件仮処分申請に及んだものである。よって、控訴人において本件仮処分申請をなすについて相当な事由があったということはできない。

なお、河野鑑定及び福田鑑定は、建物の積算価格を算定するにあたっての耐用年数等に基づく減価割合が不当・不合理であること、建物が建築基準法に違反している事実を考慮していないこと、土地・建物の収益価格の算定にあたっての利回り率が不当に高率であること等の不合理な点があり、実状にそぐわない高額な結果となっており、これらを採用することはできない。

(二)  控訴人の主張(二)の事実は争う。

原判決別紙不動産の表示(二)の一の建物はもと松山が使用していたものではあるが、同人に対する強制執行によって昭和五六年三月一〇日に明渡しを受けたから、本件仮処分がなければ当然賃貸できたものであり、同年七月以降松山が月額八〇万円の賃料の支払を約していた事実からみても、原判決の認定は正当である。その余の各建物についての原判決認定にかかる賃料額は、本件仮処分当時における他の部屋(建物)の賃料額と同じであって、不相当な金額ではない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一被控訴人の請求の原因1ないし6の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によると、本件仮処分異議訴訟及び本案訴訟において控訴人が敗訴したのは、本件仮処分の申請当時において、本件不動産の時価は合計九六八四万三〇〇〇円(右各訴訟における各判決中での一致した認定)であったところ、本件不動産について優先弁済権を有していた債権額がこれを上回っていた(仮処分異議訴訟の一審判決の認定では少なくとも九九五〇万円、同二審判決の認定では少なくとも一億〇九九〇万円、本案訴訟の判決の認定では一億一四七七万円余)から、本件不動産は一般債権者の共同担保となる余地がないと認定されたことによるものであること、右各訴訟においては、詐害行為の成否あるいは仮処分の必要性の存否に関するその余の事実については何ら判断されなかったことがそれぞれ認められる。

二右事実によれば、本件仮処分の被保全権利、本件本案訴訟の請求権は、当初から存在しなかったことに確定したわけであるから、控訴人において右仮処分申請あるいは本案訴訟の提起について故意又は過失があった場合は、控訴人は、被控訴人に対して右仮処分の執行を受け、あるいは本案訴訟を提起されたことによって受けた損害を賠償すべき責を負うこととなる。

ところで、一般に、仮処分命令が異議訴訟において取り消され、本案訴訟において仮処分申請人敗訴の判決が確定した場合は、他に特段の事情のないかぎり、仮処分申請人において過失があったものと推定されるが、仮処分申請人においてその挙に出たことについて相当な事由があった場合には、右取消し及び敗訴の事実のみによって当然過失があったということはできないと解される(最高裁昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決・民集二二巻一三号三四二八頁参照)。

三そこで、控訴人が本件仮処分命令の申請をするに至った経緯等について検討するに、〈証拠〉を総合すると、控訴人は、松山に対して約三五〇〇万円の貸金債権を有していたところ、昭和五五年六月三〇日、同人の言動に不自然なものを感じて同人方を訪れたところ、同人方には他の債権者数名が既に訪れており、共同して松山から事情を聴いた結果、同人において多額の負債を抱えて倒産状態にある事実を知ったこと、次いで、控訴人は、同日以降、他の債権者らの協力も得て、更に詳しい事情を松山から聴取する等した結果、同人の負債は二億円を上回り、同人が倒産状態に陥ったのは同月中旬頃であって、同人の有していた唯一のめぼしい財産である本件不動産は、松山において倒産状態に陥った直後頃被控訴人代表者に窮状を説明して相談したところ、他の債権者から守るため早急に被控訴人に名義を移転するよう言われ、これに従って既に被控訴人又はその代表者の名義に変えられている事実などが判明したこと、そして、控訴人ら一般債権者数名が協議した結果、同人らを代表して控訴人が法的手段を講ずることとなり、控訴人において松山を同道して弁護士下村忠利の事務所に赴き、同弁護士において松山からさらに事情を聴取したところ、松山は右とほぼ同旨の供述をなし、その旨の報告書を作成したので、控訴人は同弁護士を代理人として本件仮処分命令の申請に及んだものであること、右申請にあたって、控訴人は、松山の説明などに基づいて本件不動産の時価を約一億三〇〇〇万〜一億五〇〇〇万円程度と評価し、一方、本件不動産について優先弁済権を有する債権額は、不動産登記簿上は約一億三〇〇〇万円存したが、松山の説明によって、金融機関に対するものは弁済によってある程度減少し、被控訴人に対するものは利息制限法超過利息の元本充当によって大幅に減少しているものと考え、本件不動産は、その価額から優先弁済権を有する債権額を控除すると控え目にみても約一〇〇〇万円程度の剰余が存し、一般債権者のための共同担保となる旨判断していたことをそれぞれ認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定にかかる控訴人において本件仮処分命令の申請に及んだ経緯、とくに、多額の負債を抱えて倒産状態に陥った松山が所有していた唯一のめぼしい財産である本件不動産について、右倒産状態に陥った直後頃に市中の金融業者である被控訴人及びその代表者に対して売買を原因とする所有権移転登記がなされたという客観的事実のみでも詐害行為を疑わせるものがあったというべく、それに加えて松山から右のような説明(同人の説明は、前記認定の事実に照らし真実を述べたもので単なる言い逃れとは認め難い。)がなされたことからすると、控訴人において、本件不動産の松山から被控訴人に対する売買が詐害行為にあたると判断し、一般債権者を事実上代表して本件仮処分命令の申請に及んだのは、無理からぬものがあったというべきである。そして、本件不動産の時価及びこれについて優先弁済権を有する債権額の点についても、仮処分の実効性を確保するために緊急かつ密行のうちにこれをなす必要性があったことを肯認すべきであるから、控訴人において詳細な調査、照会をすることなく、松山の説明等に基づいて剰余価値があって一般債権の担保となり得る余地がある旨判断したことも相当であったとみるべきであって、現に、その後控訴人において不動産鑑定士に評価を求めた結果(福田鑑定)及び当審における鑑定の結果(河野鑑定)において、優先弁済権を有する債権額を上回る評価がなされている事実(右各評価がそのまま首肯できるかどうかはさておくとしても)に照らしても、控訴人が本件仮処分命令の申請にあたって剰余価値が存する旨判断したことの相当性を肯認することができる。

右の次第で、本件については、控訴人において本件仮処分命令の申請に及んだことについて相当な事由があったというべきであるから、本件仮処分命令が異議訴訟で取り消され、本案訴訟において控訴人敗訴の判決が確定した事実のみによって本件仮処分申請についての控訴人の過失を推認することはできず、ほかに本件仮処分申請にあたって控訴人に故意又は過失があったことを認めるに足りる証拠はない。そして、以上の理は、控訴人のなした本案訴訟の提起についても、同様であるというべきである(ただし、本案訴訟においては、緊急性、密行性の要請はないものの、控訴人において、本案訴訟の提起に先立って、本件不動産の時価を約一億四九〇〇万円と評価した福田鑑定を得ていた事実等から考えると、控訴人の過失を肯認することはやはり困難である。)。

以上により、控訴人の本件仮処分命令の申請及び本案訴訟の提起について故意又は過失を認めることはできないから、被控訴人の控訴人に対する本訴不法行為に基づく損害賠償請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないというべきである。

四よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当であって、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条により原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今富滋 裁判官妹尾圭策 裁判官中田昭孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例